野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

名作の味わい

 昨年の暮れから、かれこれ3週間ほどもかけた勘定になるが、「細雪」を読んだ。文庫で上中下と3巻に分かれる大作であり少々持て余すのではないかと実は心配していたけれども、結構長い小説であるにもかかわらず途中で中だるみすることもなく一息に読み切つた。学生時代を神戸で過ごした事もあつて、作中に出てくる田中、津知、本山、札場筋、徳井などといつた馴染みのある地名もまたなつかしく、情景が目に浮かぶやうな心持ちがするものだつた。物語としては長い割にはさほど起伏に富んだものではなく、早い話が四人姉妹のうち婚期を逃しさうな下の2人について書いたものであるが、昭和初期の時代における関西の上流階級の暮らし、風俗といつたものが絢爛とも云へる様子で描かれてゐる。今のやうに豊かな時代では無いけれども四季折々の年中行事を楽しんでいる、実に優雅な世界がここにはある。先日読んだばかりの「血と骨」が、同時代のやはり関西におけるこちらは最下層に属する人々の様子を描いたものであるのと対照的であつた。それにしてもこれが書かれた当時は内容があまりに退廃的であり時局に合はないと当局から出版を差し止められた程のものらしいが、今の時代からすればむしろ健全とさへ云へるのではないか。因習に縛られ、非合理的なことを常識としている当時の人々は滑稽ですらあるが、一方では現代に生きる我々が失つてしまつた奥ゆかしさでもあらう。

細雪 (上) (新潮文庫)

細雪 (上) (新潮文庫)


 ああ疲れた。まあだいたいこんな調子の文章が延々続くわけで(さすがに旧仮名遣いはほとんど無いが)、読んでて相当疲れるかな、とも思ったけれどもそうでもない。むしろ独特のリズムのようなものがあって、どんどん引き込まれて行く感じ。独特の関西弁(ただし実際に使われてるのはほとんど聞いた事の無いようないわゆる「船場ことば」)による効果もあるのかも知れない。
 それにしてもあの終わり方は無いよな、と思った。あれだけ雅なことをさんざん書いておいて、「下痢が止まらない」はあんまりでしょう、谷崎先生。