野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

トラブルメーカーは誰だ

昨夜は葬儀場に泊まり込み、朝から担当者と打ち合わせなどした後、昼過ぎから告別式、出棺となった。
火葬場の予約がうまく取れず中途半端な時間での火入れとなったこと、また現下の状況に鑑み精進落としの会食は行わない、等の理由により、火葬場へ行って火入れ→お寺へ行き法要→火葬場に戻って収骨→お寺に遺骨を移送、という、なかなかにアクロバティックなスケジュールとなった。
ところでわたくし今回初めて喪主というのをやったわけだが、火入れの際の点火ボタンって喪主に押させるのだな。
そこから先、故人の肉体がこの世からほぼ消滅するという、非常にクリティカルな瞬間なわけで、そのトリガーとなるボタンを押すというのはさすがにちょっとばかし抵抗が無くもないのだが、ここはあえて何も考えないようにして。

父方の祖母がそうだったのだが、父もまた骨が大きい。家系なのだろうな。ちゃんと骨壺に収まるのか、少しばかり心配だったが、その辺はさすがプロの仕事で、ジャストで収まるように調整してくれていた。
ちなみにこの調整というのはつまり、骨を砕いて骨壺内に空間を作り、より多くの骨を収納できるようにする、という意味である。収骨の方法に関しては、ごく一部の骨のみをそのままの形で入れるか、大きな骨を砕いてでも全ての骨を収納するか、のオプションがある。当家では(というか今までわたくしが参列した葬儀においては)常に後者の方法が採用されてきた。そして今回もまた、「全部入れ」を選択した。
しかしながら、毎度この収骨においては、骨を砕く際に「うわーやめて」と思ってしまう。やめて、と言ったって、こちらがそのように指定したのではないか、と言われればその通りなのだが、やはり何というか、なかなか心穏やかではいられない。

とにかく、一通りの葬儀を、ほぼ滞りなく終えることができた。
これはひとえに、葬儀社のスタッフによる手厚いサポートのおかげであるのは間違いない。しかしながら、わたくしの記憶によれば、いかに葬儀社のサポートが手厚かろうと、なおそれを超えるだけの事案を遺族側で発生させ、葬儀の円滑な進行に影響を与えるということが少なくなかったはずだ。しかるに今回そのようなトラブルは皆無であったと思う。つまり、多くのケースにおいて故人がそのような事態を出来させていたのだなあ、と思い至り、実に感慨深いものがある。