時代はナチス・ドイツが台頭し、日本が急速に軍国主義国家となって行く、第二次世界大戦のころ。ヒトラーの出生の秘密に関する文書をめぐって、左翼の活動家を弾圧するゲシュタポ、暴虐の限りをつくす特高警察、そして暗躍する各国の諜報員。という、ハリウッド映画もかくや、という背景に、神戸に住むドイツ外交官の息子アドルフ・カウフマンとパン屋のアドルフ・カミル、そしてナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラー。この3人のアドルフが絡み、なんともいえない濃厚な話になっている。アドルフ・カウフマンはドイツ人の父と日本人の母親の間に生まれたハーフであり、アドルフ・カミルはユダヤ人だ。先日読んだ『時事ネタ嫌い』に書かれていた「人種差別という問題は知的にも感覚的にもかなりタフでないとコントロールさえできない伏魔殿」(p.103)であるというのを、しみじみ感じさせられる。