野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

だんだんわからなくなってきました

Twitterで見かけて強く興味を引かれた『ちいさい言語学者の冒険』を読んでみた。

「か」に濁点がつくと「が」、「さ」の場合は「ざ」になる。
では「は」に濁点がつくと?
「ば」だろ。当たり前じゃないかそんなもん。
と思ったら、小さな子供に同じような質問をすると、「わからない」ということが多いらしい。
そこが子供の浅ましさ、ではない。音声学的には「わからない」が正解である、という衝撃の事実。
実際に自分で発音してみるとわかる。「か」や「さ」に濁点をつける/つけないの発音の仕方の違いでは、「は」を「ば」にすることができない。
無理に発音するならば、「が」にちょっと近い、おっさんが痰を吐く感じの音になる。実際、ごく一部には、そのような音であると答える子供もいるらしい。
ひょっとするとスペイン語のgiとかgeの発音が、「ひ」とか「へ」を強引に濁音化した時の音に近いんじゃなかろうか。って、スペイン語でもgaは「が」なんだけども。
子供というのは、言葉を覚える過程において、大人たちが話している言葉を単純に真似するだけではなく、そこからルールを見出しているらしい。だから、「は」に濁点を付けても(発音の上では)「ば」にならないのだな。
彼らにとっての試練は、習得中の母語のルールそのものの複雑さと、さらにそこから逸脱する例外だ。
子供によくありがちな言い間違いは、そこに起因するものが多い。
たとえば「死ぬ」は、現代日本語で普通に使われている動詞のうち唯一のナ行変格活用、つまり例外である。子供たちはそんなこと知らないから、「飲む」「読む」「かむ」などの馴染みの深いマ行五段活用の動詞からの類推により「これ食べたら死む?」てなことになるわけだ。なるほどねえ。
ちなみに、厳密には「死ぬ」は「唯一のナ行変格活用」ではなく、同様の動詞としてもうひとつ「去ぬ」がある。が、まあ日常であまり聞くことはない、かな。「去にさらせ!」っていうのは、時々あるけど(ありません)。
子供が例外を上手く処理しきれず間違った言い方をしてしまうのは、何も日本語だけではないそうで、英語の例などもいくつか紹介されている。
…いやしかし、これって外国語の学習者にとっては他人事ではないというか、普通にやらかすことばかりよな。
そして、英語でもドイツ語でもイタリア語でも、「行く」とか「来る」とか「見る」みたいな基本的な動詞に限って変則的な活用するのは何なんだろうな一体。
というのはまあ置いといて。
子供の言い間違い(文法間違い)を掘り下げてみると、実に様々な言語学インサイトが得られる、というお話。感心いたしました。