野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

クスリ効いたんか

高血圧で2回目の内科受診。降圧剤を二週間ほど服用しているが、医師の見立てでは経過は悪くない、らしい。ほんまか。さらに5週間分の薬を処方された。あと左心室肥大の疑惑に関しては、レントゲン撮影の結果、問題なし、との所見を得た。
で昼から出張だったのだが、病院で思いのほか時間がかかり、昼飯を食べている時間がなくなった。で、客先に向かう前にコンビニでオニギリを食べる羽目になった。
午後の仕事はなかなか上手くいったので、同行したM君と祝杯をあげることにした。とりあえず日本橋の初かすみ酒房にて、おでんやら豚平焼きやら食べつつビールとハイボールを飲む。それからさらに天六へ行き、uva uvaでワインを3杯ほど飲む。これにて解散。17時前ぐらいから飲んでいたので、帰宅したらまだ21時台だ。素晴らしい。やっぱり飲むなら早い時間に限りますぜ。

前座だけで終わっちまったよ

最近WOWOWでやっている中華ドラマ『軍師連盟』、主役は司馬懿仲達で、これがなかなか面白い。観ているうちに、またちょいと三国志を読んでみたくなった。以前に読んだ北方謙三版を読み直すか、あるいは他の作者のものに手を出すか。
どうせなら読んだことのないものを、ということで宮城谷昌光版を選んだ。

三国志〈第1巻〉 (文春文庫)

三国志〈第1巻〉 (文春文庫)

わたくしの記憶では、北方謙三版においては曹操による五斗米道の反乱鎮圧、てなあたりから物語は始まっていたと思う。しかるにこの宮城谷昌光版においては「四知」という言葉について語るところから始まる。この言葉の由来となる楊震という人物について語られ、さらには彼の家族、その当時の時代背景、関連する故事… 等々について縷々述べられる。話がまったく見えてこない。曹操はどこへ行った?100ページ以上が経過したところで、やっと曹操の祖父、曹騰が登場した。しかし結局最後まで、曹操は出てこない(厳密には、発言が一部引用されている)。もちろん劉備孫堅も登場しない。彼らが生まれるより遡ること数十年前の、後漢王朝の混乱について語られているのだ。こいつは驚いた。これだけで一巻を費やしたか、と呆れたが、決してつまらない話というわけではない。朝廷内での権力を巡る宦官と外戚の暗闘が実にドラマチックなのだな。しかしやっていることは、前述のWOWOWのドラマ(あれは曹操の跡目を巡っての争いだが)とほとんど変わらない。君ら進歩が無いな。いや、もっと言うと、暗愚な皇帝と私利を貪る佞臣により綱紀は乱れ行政はゆがみ人民が苦しむ、という状況は、今まさに我々が見ているそのままではないのか。
そして
「安帝が親政をはじめてから、この王朝は地震と雨に祟られはじめた」
「失徳と失政は天災を招く、という考え方は常識なのである」(p.132)
だそうだ。うん、やっぱりな。
もうひとつ驚いたことといえば、語彙の異様さだ。平均して1ページに1語以上は知らない単語が登場する。まあだいたい文脈と字面からなんとなく意味は取れるのだけど、「休寧」「曲庇」「奸猾」「恵恤」「聳立」「正諫」なんて見たことない。さらには、黜という漢字で、これは「ちゅつ」と読むらしい。何だそれは。そんな読みの漢字なんて見たことも聞いたことも無かったぞ。これはたとえば「貶黜」(へんちゅつ)なんていう熟語になっている。意味は「官位を下げて、しりぞけること」だそうだ。「免黜」というのもあったな。面白いのは、こういう当用漢字にはまず無さそうな字を濫用しながら一方では「媚付をかさねる」「 政柄をにぎる」「穢悪なうわさがとどく」などのように、簡単な漢字はなぜかひらがなになっていることだ。なんたるアンバランス。いや、難しい漢字が多い割には意外とリズムが良くて読みやすい。これはひょっとして、そういう配慮のもとに取られた絶妙なバランス、なのかもしれない。宮城谷昌光… おそろしい子!

しっかり予習しました

「アースダイバー」とか「アースダイビング」って言っても、通じる人はあまり多くない。説明すると、ああ、ブラタモリみたいな。と納得される。うんまあそんな感じですね、というけど実はわたくしあの番組は観たことが無いのです。あいすみません。別段タモリさんに含むところがあるわけではござんせんけど。

先日の上町台地縦走大阪アースダイビングを挙行するにあたり、『大阪アースダイバー』を再読した。

大阪アースダイバー

大阪アースダイバー

驚いたことに、ほとんど内容を覚えていないのだな。こんな事が書いてあったのか!と感心しながら読んだ。何度読んでも新鮮だな。やれやれ。
いやもちろん、今から二千年ほど前は大阪市内のかなりの部分がまだ海の底だったんですよ、てな話は覚えているけど。もっと他の、いろいろ細かい話ね。古代の大阪に渡ってきた南方系の渡来人が信仰していた神々は「まれびと」(訪問者)と呼ばれ、しばしば二人一組で海の向こうからやってくる。一人の神はまじめで、もう一人の神は、そのまじめな相方が大事なことを伝えようとしているのをまぜっ返して混乱させる。この様子を真似した芸能が萬歳、すなわち漫才である。とか、意味の中身を伝え合うのではなく、意味らしきものを伝え合っている、そのプロセスの方に重点がおかれるのが、大阪で発達した独特の言語コミュニケーションである、とか。
まあそんな話も含めて、やっぱり実際に四天王寺から西の海(高層ビルで見えないけど)を眺め、長堀通りの向こうに見える生駒山に思いを致し、谷町筋松屋町筋の間の坂道を歩くことで高低差を体感する。というのがこの本の楽しみ方、という気がしましたですよ。

ぼんやりした代替案

土日にWOWOW奥田民生のライブをやっていたのを録画し、とりあえず1日目のバンド編成のやつを観た。すっトボけてて、カッコええなあ。
さっそく、Apple Musicで奥田民生を検索してみる。いろいろ出てくる。ライブでやってたのは『カンタンカンタビレ』とか『サボテンミュージアム』あたりのアルバムだな。

と思ってみてると、おい、ライブラリに追加できない曲があるぞ。他のアルバムも、聴けない曲がちらほら。『LION』なんか半分ぐらいしか聴けない。うーむ。実はRCサクセションも、そもそもラインアップの『PLEASE』とか『RHAPSODY』が無いし。だいたいアレだ、キングクリムゾンの"In The Court Of The Crimson King"が… ってそれはもうええか。
オーケー、無いものについて文句を言うより、有るものを楽しもうじゃないか。
前にも書いたけど、ジャパンの"Obscure Alternatives"はちゃんとあるのだ。
Obscure Alternatives

Obscure Alternatives

  • ジャパン
  • ロック
  • ¥1600
中学から高校生のころは"Quiet Life"以降のアルバムを偏愛していて、1stの"Adolescent Sex"とこの2ndアルバムは無視していたのだ。でも確か大学生ぐらいのころからだったか、この辺のアルバムもなかなか良いじゃないかなんて思うようになって輸入盤のLPを買い集めたものだった。
シルヴィアンのヴォーカルは独特だが、これらの初期のアルバムにおいては、特に癖が強い。1stはけっこうドス黒くファンク路線、2ndはヨーロピアンなテクノフレイバーが強くなる"Quiet Life"への過渡期という感じで、何というかこじらせ感はこれが一番強いんじゃなかろうか。あ、邦題のぶっ飛び具合は1stが最高だけども。音はもう、だらだらグズグズ、時にレゲエっぽくなってみたり、アンタらいったい何がしたいの?と問い詰めたくなるあたりが、まあ今聴くとまた新鮮に感じられるのですよ。

何でこんな事で悩まなあかんのか

ここ数日間というものわたくしを悩ませ続け、そして不毛な作業により睡眠時間を奪ってきたiCloudミュージックライブラリのアートワーク改竄問題も、ようやく解決を見た。
要するに、Mac(母艦)のiTunesライブラリ側でいったんアートワークを削除し、それからあらためて同じアートワークを設定する、という極めてシンプルな方法によりiCloudミュージックライブラリに保存されている音楽データのアートワークが更新されるのだ。

コルトレーンの"Blue Train"や、ビル・エヴァンスの"Portrait In Jazz"、あるいはデヴィッド・ボウイの"Low"といったあたりの名盤たちのアートワークが、わけのわからんオッサンの写真やセンスのカケラもないベスト盤やコンピレーション盤のジャケットになってしまっているのを見るたびに気が滅入って仕方なかったのが、やっとすっきりした。んなもん出てくる音が変わるわけではなし、アートワークなんて何でもよかろう、と言われれば、理屈は確かにその通りだ。けど、何故だか気分がまったく違うのだよ。何ででしょうねえホント。

たまには高槻にも

久しぶりに宇久へ行った。どれくらい久しぶりなのだろう、と考えてみたら、どうも最後に来たのは昨年の12月のようだ。それはつまり、今年になって初めて、ということじゃないか。もう10月でっせご主人。
19時半に予約していたがちょっとした手違いで入れず、近所のはるぴんでビールを飲みながら待つことにした。ここの干し豆腐サラダ、美味いのよね。名物の春餅も食べたいよなー、いやいやいかんいかんなどと言いながら砂ずりを食べていたら、席が空きましたよー、と店から電話があった。
さて、本日は… とおすすめメニューを見ると「本ししゃも」と。何ですとそんなん聞いたことおまへんで、ということで塩焼きにて。

いやーこれはたまりまへん。
マグロほほ肉の炙りなんてのもありますやん。

うわー、アカンなあこういうの…
酒は仙介に三連星。まことに結構でございました。
そしてやはり鯖寿司で締めると。

やっぱり名店ですなあ。

文句言いながらもやっぱり読むのよね

ああまた「ビブリア古書堂」シリーズですか。これ、読んだやつかな?最近出たばっかりっぽいから、たぶんまだ読んでないな。ん、『扉子と不思議な客人たち』?扉子って誰よ?
などと言いながら結局は買う。このシリーズはもうええよな、といつも思うのだけど。

扉子は栞子さんの娘だった。なんと。大輔くんと栞子さん、結婚したのね。このシリーズのストーリーって、2010年ぐらいまでで終わってるから、その頃に結婚してたら、そりゃ今ごろ本好きの幼稚園児が娘にいてもおかしくはないわな。
今までこのシリーズはやたら込み入った謎解きと独特のラノベ臭のせいで、いろいろひっかかるものがあったのだけど、今回はその辺がちょっと解消されている気がする。それは、栞子さんが現在の2018年から2010年当時を振り返って、その頃のエピソードを娘に語る、という形式を採用しているせいなのか、あるいはこの著者の作風が少し変わってきたせいなのか、その辺はよくわからない。が、今までよりだいぶ読みやすくなったというか、端的に言って面白かった。ああ、栞子さんが書物に関するマニアックな知識を活かして人並みはずれた推理力で、複雑に入り組んだ現代社会に鋭いメスを入れ、様々な謎や 疑問を徹底的に究明する、という感じではなくなっている、というのもあるな。本に対する偏愛ぶりがあまりにも自分に似ていて、かつやたら勘の良い娘・扉子に戸惑うシーンが散見されるのが、何というかザマみろ的な感じで地味に爽快なのだ、という気がする。いやあ、性格悪くてすみません。