野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

前座だけで終わっちまったよ

最近WOWOWでやっている中華ドラマ『軍師連盟』、主役は司馬懿仲達で、これがなかなか面白い。観ているうちに、またちょいと三国志を読んでみたくなった。以前に読んだ北方謙三版を読み直すか、あるいは他の作者のものに手を出すか。
どうせなら読んだことのないものを、ということで宮城谷昌光版を選んだ。

三国志〈第1巻〉 (文春文庫)

三国志〈第1巻〉 (文春文庫)

わたくしの記憶では、北方謙三版においては曹操による五斗米道の反乱鎮圧、てなあたりから物語は始まっていたと思う。しかるにこの宮城谷昌光版においては「四知」という言葉について語るところから始まる。この言葉の由来となる楊震という人物について語られ、さらには彼の家族、その当時の時代背景、関連する故事… 等々について縷々述べられる。話がまったく見えてこない。曹操はどこへ行った?100ページ以上が経過したところで、やっと曹操の祖父、曹騰が登場した。しかし結局最後まで、曹操は出てこない(厳密には、発言が一部引用されている)。もちろん劉備孫堅も登場しない。彼らが生まれるより遡ること数十年前の、後漢王朝の混乱について語られているのだ。こいつは驚いた。これだけで一巻を費やしたか、と呆れたが、決してつまらない話というわけではない。朝廷内での権力を巡る宦官と外戚の暗闘が実にドラマチックなのだな。しかしやっていることは、前述のWOWOWのドラマ(あれは曹操の跡目を巡っての争いだが)とほとんど変わらない。君ら進歩が無いな。いや、もっと言うと、暗愚な皇帝と私利を貪る佞臣により綱紀は乱れ行政はゆがみ人民が苦しむ、という状況は、今まさに我々が見ているそのままではないのか。
そして
「安帝が親政をはじめてから、この王朝は地震と雨に祟られはじめた」
「失徳と失政は天災を招く、という考え方は常識なのである」(p.132)
だそうだ。うん、やっぱりな。
もうひとつ驚いたことといえば、語彙の異様さだ。平均して1ページに1語以上は知らない単語が登場する。まあだいたい文脈と字面からなんとなく意味は取れるのだけど、「休寧」「曲庇」「奸猾」「恵恤」「聳立」「正諫」なんて見たことない。さらには、黜という漢字で、これは「ちゅつ」と読むらしい。何だそれは。そんな読みの漢字なんて見たことも聞いたことも無かったぞ。これはたとえば「貶黜」(へんちゅつ)なんていう熟語になっている。意味は「官位を下げて、しりぞけること」だそうだ。「免黜」というのもあったな。面白いのは、こういう当用漢字にはまず無さそうな字を濫用しながら一方では「媚付をかさねる」「 政柄をにぎる」「穢悪なうわさがとどく」などのように、簡単な漢字はなぜかひらがなになっていることだ。なんたるアンバランス。いや、難しい漢字が多い割には意外とリズムが良くて読みやすい。これはひょっとして、そういう配慮のもとに取られた絶妙なバランス、なのかもしれない。宮城谷昌光… おそろしい子!