野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

やっと出た

 もう先月の話ですが、ついに出ました、「海辺のカフカ」の文庫版。

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)


 村上春樹は好きなので、ほとんど全部読んでますが、基本的には文庫になるまで読みません。ハードカバーは高いし、かさばるので。というわけで「アフターダーク」はまだ読んでません。そういや、文庫になってるのに、「神の子どもたちはみな踊る」と「レキシントンの幽霊」もまだ読んでないですね。まぁそれはそれとして、「海辺のカフカ」ですが、相変わらずな感じで良いですね。最後はひとつにまとまる2つのストーリーが同時に進行していくっていうのは、あの「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(これは今まで読んだ中で最も好きな小説のなかのひとつです)を思い出します。この話に出てくる、大島さんが良いですね。彼曰く、シューベルトのピアノソナタ、特にニ長調のピアノソナタを完璧に演奏することは、世界で一番難しい作業のひとつだそうです。なぜなら、曲そのものが不完全だから。ではなぜ、曲そのものが不完全なのに様々な名ピアニストたちがこの曲に挑むのか?という主人公田村カフカ君の問いに対して、こう答えます。
「ある種の不完全さを持った作品は、不完全であるが故に人間の心を強く引き付ける ? 少なくともある種の人間の心を強く引き付ける、ということだ。」
そして、
シューベルトというのは、僕に言わせれば、ものごとのありかたに挑んで敗れるための音楽なんだ。それがロマンティシズムの本質であり、シューベルトの音楽はそういう意味においてロマンティシズムの精華なんだ。」
と。わかったようなわからないような、でもなんだか妙に感心してしまいました。
さらに、「海辺のカフカ」という曲の象徴的な歌詞について、こう語ります。
「(略)象徴性と意味性はべつのものだからね。彼女はおそらく意味や論理といった冗長な手続きをパスして、そこにあるべき正しい言葉を手に入れることができたんだ。宙を飛んでいる蝶々の羽をやさしくつまんで捕まえるみたいに、夢の中で言葉をとらえるんだ。芸術家とは、冗長性を回避する資格を持つ人々のことだ」
よくこんなことをさらっと言えるもんです。
 いずれにしても、いつものように村上作品の魅力にあふれた小説でした。