昨年末からとりかかっていた「現代思想のパフォーマンス」をやっと読み終った。
新書とはいえ400ページを超えるボリュームで、また内容も内容だけにちょっとばかし骨が折れた。
- 作者: 難波江和英,内田樹
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2004/11/13
- メディア: 新書
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欧米では、「これだけ読んでおけば、『読んでいるような顔』ができます」という、現代思想に関する「アンソロジー」の類が大量に流布しているのだそうだ。それらの本のようなものをそのまま目指したわけではないだろうが、あの小難しい現代思想を理解する、というより「こういうふうに使えるんだ」というのを実例で示す、というのがこの本の目的だそうだ。つまり現代思想の実演=パフォーマンス、というわけだ。取り上げられているのはソシュール、バルト、フーコー、レヴィ=ストロース、ラカン、サイード。サイード以外は「寝ながら学べる構造主義」でも読めますな。
それぞれに【案内編】、【解説編】、【実践編】がある。実践編においては、良く知られた映画や小説などに対してその思想を適用すれば、このような解釈ができる、といったようなことが「実演」されている。このあたりがこの本の良くできたところだろうと思う。しかしながらそこで取り上げられている小説や映画は、わたくしがちゃんと読んだり観たりしたことのないものが多いのが残念なところである。「異邦人」はわりと最近(昨年ぐらい)に読んだところであるが、あの難解を極めるラカンの説明に使われたので、なんか面白いな、とは思いつつも、ははぁなるほど、という感じにはならなかった。ロラン・バルトの思想は、ひらたく言うと「メッセージが誤読されるメカニズム」を解明する方法だそうだ。しかしこの章の【実践編】においては映画「エイリアン」からウチダ先生がどのようなメッセージを読み取ったか、が述べられているのであって、なぜそのような「作者が意図しなかったメッセージが紛れ込むのか」ということについては説明されてないような気がするのだがいかがか。「映画に『作者』はいない」というのがその答えなのだろうか。あるいはこの俺様が、作者の意図せざるメッセージを読み取ってしまったのだろうか。