野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

キレンジャーがいない

ついに出ましたねぇ、「色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年」の文庫版。

高校の頃につくる君が仲良くしていた友人は皆、名前に赤青白黒と色の名前が入っていたのだが、つくる君だけは入っていない。だから「色彩を持たない」って、なんかふざけてる気もするけど、まあ黄色や緑が入ることによるゴレンジャー化は免れているのがせめてもの幸いか。とまあ、アホな話は置いといて。書きながら思いついたのだけど、赤青白黒ってそれ、朱雀、青龍、白虎、玄武の四神じゃないか。四神に護られたつくるはミカドだったのか?そしてそこを放逐されるという、これは一種の貴種流離譚?そのように読めば、なんとなく神話的な要素もそこかしこにチラホラと。
海辺のカフカ」のときもそうだったのだけど、ここでも「啓示」というのが重要かもしれないポイント。ある日突然に神から降りてくる啓示を、拒否するか受け入れるか。「海辺のカフカ」でナカタさんが中野区から高松までヒッチハイクし、ホシノ青年が仕事を放り出してナカタさんを乗せて行ったように、つくる君も自身を放逐した友人を一人づつ訪ねて回るわけだ。また、夢と現実の境目が不分明なところも似ているかも。何者かに殺された父親を、カフカは夢の中で殺していた。誰かにレイプされたというシロと、つくるは夢の中で何度も交わる。平安京が四神に守られていた時代には、そもそも夢と現実の区別はあまりなかった、というか「見えない世界」のリアリティがあったのだな。だから六条御息所の生霊に呪い殺される、なんてことも起こるわけだ。

とまあ、いったい何言ってんだか、という感じだが、そもそも何だかよくわからないところがあちこちにあり、こういう妄想をふくらませる余地がふんだんに残されているというのがまた、村上作品の魅力でもあるわけで。今回も満喫させていただきましたです。