野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

ディックとマイルス

村上春樹は、彼のエッセイ「やがて哀しき外国語」の中で、マイルス・デイヴィスの自伝についてこう書いている。

この本は ーー というかこの本だけは ーー 本当に英語で読むしかないと思う。日本語に翻訳されたら、たとえどれほどうまく翻訳されたとしても、おそらく原文の息づかいの三割から四割くらいは消えてしまうだろうから。これはマイルスが喋ったものを黒人のライターがほとんどそのまま文章化しているのだけれど、その文体が百パーセント「ジャズしている」からだ。(pp.129-130)

これを真に受けたわたくしは、ペーパーバックのくせに5cmほども厚みのある"Miles: Autobiography"を数ヶ月かけて読んだのだった。今から10年ほども前の話だ。結局その後、日本語版と読み比べるということをしていないので、村上さんの書いていることが本当かどうかはわからない。でも、ずいぶん独特の、というかまぁぶっちゃけて言えば下品な英語で、確かにこの雰囲気を日本語に訳すのは難しいだろうな、とは思った。だいたいbaddest motherfucker(ほめ言葉ですよ)なんて他で見かけたことがない。
ところで、物理学者リチャード・P・ファインマンも自伝を書いている。その中でも特に、6年ほど前に読んだ「ご冗談でしょう、ファインマンさん」はわたくしのお気に入りだ。
http://neubauten.hatenablog.com/entry/20080502/1209751384
http://neubauten.hatenablog.com/entry/20080506/1210072523
これって原文ではいったいどんな感じなのだろう、というのが妙に気になって、ついつい原書の"Surely You're Joking, Mr. Feynman!"に手を出してしまった。

"Surely You're Joking, Mr. Feynman!": Adventures of a Curious Character

ただまぁ、マイルスを読んだ時と違って、すでに日本語版を読んだことがあるし、いまはKindleという強い味方がいる。上下巻に分かれるボリュームのある本でもあのコンパクトな端末で持ち歩きは楽だし、何よりも、わからない単語があってもすぐに調べられるのが助かる。それでも、読み通すのに結局は1ヶ月ぐらいかかってしまったけど。
でもやっぱり面白かった。好奇心にあふれ、気取らない性格で、ふざけてイタズラばっかりしている。権威なんか屁とも思わず、官僚主義や偽善を嫌い、でも科学的誠実さ(訳本にあたるのが面倒なので、実際どう訳されているのかはわからないが、原文ではscientific integrityとなっている)を大事にする。そんなファインマンのキャラクターが、よりダイレクトに伝わってくる気がした。
ちょっとばかし苦労したけど、やっぱり読んでみて良かったとは思う。でもしばらくは日本語の軽めの本でリハビリしたい。