野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

福神漬けはありましたけどね

父の葬儀は滞りなく終わったが、問題はその後の事務処理だ。
とりあえず7日と8日に休暇を取ったので、役所とか銀行の関係に行くことにした。
銀行は把握できているかぎりで3行ある。しかし、口座がどれだけあるかまではわからないし、通帳も全部は揃っていない。
とりあえず近くの信用金庫へ行き、口座名義人が死亡したので解約したい、しかし通帳はこれだけしかない、と伝えたら、口座情報を調べてくれた。なぜだかしらんが口座が4つもあったようで、「お父様はお商売か何かされてたんですか?」と銀行の人に軽く呆れられながら言われた。いえ、小学校の教員だったんですけど…
ひょっとしてどっかの反社会組織の資金洗浄に協力してたりしないだろうな?
まあそれはそれとして、手続きには故人の戸籍謄本および相続人たる我々兄弟全員の戸籍謄本ならびに印鑑登録証明が必要である、ということがわかった。なるほど。
とりあえず手続きに必要な届出用紙をもらって次の銀行へ。信用金庫と同じ説明をしたところ、こういう場合の対応というか運用方法は銀行ごとに少しずつ異なるようで、2件目の銀行においては、故人の戸籍謄本がなければ届出用紙すらもらえない、ということがわかった。やれやれ。じゃ次の銀行へ行く前に市役所へ行くか。ということで市役所にて、父親とわたくしと妹の戸籍謄本の発行を申し込んだ(弟の分は本人がいないため委任状が必要ということで、後日となった)。
父親の分は一生分の内容が必要で結構なボリュームとなるため時間がかかる、と言われたので、待っている間に国民年金および後期高齢者医療被保険者証の関係の手続きを行った。これは複数の窓口にわたってかなり複雑を極める処理が必要となるのであるが、そのあたりは上手い具合に誘導してくれ、また窓口の移動も最小限で済むように、担当者が異なる場合には同じ窓口で担当者が交代しながら対応してくれた。昨年の11月に後期高齢者医療被保険者証の再発行を行った時にも感じたが、鳥取市役所のオペレーションはなかなか洗練されているな。

さて年金と健康保険関係の処理が終わったので戸籍謄本関係の窓口付近に戻ってみたら、もう呼び出されていたようだ。意外と早いな、と思って窓口に申し出たところ、連休明けであるため諸々の処理が滞っており、父の死亡の届出もまだ反映されておらず戸籍謄本の発行は14日以降になってしまう、という衝撃の事実が。
でお子さんの分はどうしますかと問われ、何だよまだやってなかったのかよと軽くイラつきつつ、あらためてわたくしと妹の分の戸籍謄本を依頼してしばらく待つ。
ただぼーっと待っているのも芸がないので市役所のレストラン(ってすなば珈琲だけど)で昼飯を食べることにした。本当は名物の素ラーメンを食うべきなのかもしれないが、もともとモンクスでカレーをテイクアウトして家で食べるつもりにしていたのが時間が無くなって断念した、という経緯もあり、カレーを食うことにした。うん、普通の業務用カレールーを使ったカレーだ。美味かった。でもできればラッキョウを置いといてほしかったな。鳥取なんだから。

さて昼飯を食べて戻ってきたが、まだ呼び出された気配が無い。えらい時間かかるな、と思いつつさらに20分ほど待つがまだ呼ばれない。さすがにこれは何かの手違いではなかろうか、と思い窓口に確認に行ってみたところ、「ああ149番ならもうできてますよ」「いや、でも番号表示されてませんけど」「あっ、ごめんなさい!失礼しました!」
あんだよもー。鳥取市役所のオペレーションは洗練されている、てさっき書いたけど、あれ取り消しな。

さて、2件目の銀行では故人の戸籍謄本が無いと届出用紙すらもらえない、ということであったが、困ったことにその戸籍謄本が入手できない。しかし必要なのは故人とわたくしの親子関係を証明すること、なので、とりあえずわたくしの戸籍謄本さえあれば用は足りるはず。ということで2件目の銀行に舞い戻り、かくかくしかじかの事情により父の戸籍謄本は入手できなかったがわたくしの戸籍謄本はこれこの通り、これで文句はないだろう、と言うと、それであっさり届出用紙を出してくれた。よしよし。
そして3件目の銀行。もういい加減うんざりしつつも、同じ口上を述べて口座情報を調べてもらい、届出用紙をもらって必要な手続きと書類について説明を受ける。この銀行には口座を6つも持っていたらしい。何考えとんねん。これはいよいよマネーロンダリング疑惑が… いやしかしその割には取り分はあまり多くなかったようだな。

アホなことを言っている場合ではない。15時にはレンタルしていた介護用ベッドの解体・引き取りが来ることになっているのだ。慌てて家に帰り、ベッドの引き取りに立ち合いつつ、部屋の片付けというかゴミ出しを行う。
このゴミ出しというのが、意外と神経を使う作業なのだ。おまけに鳥取市のゴミの分別は偏執狂的に細かいため、高度な判断を要求され、相当に消耗する。

今回はとにかく紙ゴミ、というか、束ねて雑誌・新聞紙という態で近所の資源ゴミステーションに廃棄可能なものにフォーカスして整理を行ったわけだが、この作業というのはやめ時が難しい。気づけば外はうっすら暗くなっている。中途半端な片付け方をしたためぱっと見かえって散らかってしまっているように見えるが、まあ仕方ない。どうせ誰も住んでないんだし良いだろ、ということで、この辺で切り上げて大阪に帰ることにした。

夜間に中国自動車道を走るのは久しぶりだが、けっこう怖いな。
恐る恐る走りつつ、茨木の自宅に着いたのは21時半ごろだったか。
ロクに晩飯も食べてなかったので、ペヤングと実家の冷蔵庫から回収してきたラッキョウ(だいぶ熟成が進んでいる)を食べ、ビールをぷしゅー。
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お疲れ、俺様。さすがにぐったりだぜ。