野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

ラッシーも付いてますよ

本日より2泊3日の出張ざます。
朝イチで綱島、という予定だったけど、諸々あって午後からぼちぼち、という感じになった。では、午後から行きます、ということにして新横浜に11時ぐらいに着く新幹線に予約を変更した。そのココロは、昼食は綱島スープカレー屋にしたい、とそういうことだ。
それまではスープカレーなんて、とちょっとバカにしていたが前回の出張時に食べたところやたらと美味くて、是非もう一度、と思っていた案件だ。
季節野菜のチキンスープカレー

もう12月も目前に迫っているというのに、食べ終わった後には汗だくになっていた。今年はやっぱり暖冬かな。

夕方に東京へ移動し、とある懇親会。ジャンル的にはイタリアンな感じらしい。いや、なかなか結構でごさいましたよ。
そして今夜は八王子に泊まりなので、ただいま中央線で移動中… 長いな。トイレ行きたい。なんとか持ちこたえられたら良いなあ。

Don’t hate your enemies.

三国志』第8巻で、ついに関羽は戦死してしまう。

赤壁の戦いの時に諸葛亮周瑜をだまくらかして掠め取った荊州を、今度は関羽がだまし取られた。それで怒った関羽が呉と敵対し、戦争を仕掛けにいくわけだが、またこの関羽ってのがやたらプライド高いというかむやみに偉そうにするもんだから、蜀からの援助が得られず陸遜の軍にやられてしまった、というような次第。
それを知って今度は劉備が激怒する。

孫権呂蒙をつかって公安と江陵をだまし取った。荊州三郡は劉備の支配とすると認めておきながら、関羽が魏軍と戦っているのに、それを援けもせず、密かに魏に通じて関羽不在の郡を盗み取った。これほど悪辣な者が海内のどこにいようか。(p.257)

などと息巻いているわけだが、実にこう、盗人猛々しいというか、お前が言うな、と思わずにはいられない。
挙句に、周りが止めるのを聞かず無謀な孫権征伐をやらかしてしまうわけで、関羽を殺されて孫権憎しとなり、正常な判断力を失っている状態ですわな。まあ迷惑な話である。『ゴッドファーザー part III』でも、アル・パチーノが"Don't hate your enemies. It clouds your judgement."(敵を憎むな。判断力が鈍くなる。)と息子に説教していたが、まさにそういう状態だ。で結局はボロ負けして逃げ帰ってきて(逃げるのは得意だ)、白帝城に引きこもったまま病死してしまうと。
一方で曹操。こちらも病死してしまう。後を継いだのは曹丕だが、どうも宮城谷さん曹丕については評価が厳しく、ことあるごとに曹操と比較しては軽くディスっている。そんなことされたらグレてしまうで、と曹丕もちょっと気の毒なように思える。
さて関羽曹操劉備もみんな死んでしまって、でも実はここからが本当の三国時代。これからの主役は諸葛亮司馬懿あたりかな。残すところあと4巻。どんな話になりますやら。

やっとのことで休肝日 圧倒的な映像美について考える

先週は訳あって休肝日を確保できなかった。その前の水曜日からずっと、つまり11日間1日も休まずに飲み続けていた。そんな中、やっとのことで休肝日だ。いやあ、長く苦しい戦いだった。よくがんばったぞ俺様。じゃあここらで一杯やっとくか。
なんてアホなことを言ってる場合ではない。ベルトルッチ監督が亡くなっただと?

ベルトルッチといえば、『ラストエンペラー』の監督、なのか。いや確かにね、あれも良いんだけど、でも個人的には『シェルタリング・スカイ』の方が好き。

というかあたしゃこの2本しか知らんのよベルトルッチ。人によっては、ベルトルッチと言えば『ラスト・タンゴ・イン・パリ』だ、とか『暗殺の森』だ、とかいろいろあるんだろうけど。この際だからその辺も観たいよね。近いうちにWOWOWで特集やらないかな。

大阪ステーションシティシネマはルクアカードで200円引きになります

わたくしの周辺では、『ボヘミアン・ラプソディ』を観に行ったという率が異様に高い。実際のところわたくしも、別にクイーンのファンでもないけども『ミッション・インポッシブル』を観に行った時の予告編で、これはかなり観たいぞ、と思ったのだった。
そんなわけで観てきました、『ボヘミアン・ラプソディ』。

いやねー、先ほど書いたように、わたくしクイーンが特別好きなわけじゃないんだけども、これは面白いですわ。知ってる曲もそんなに多くない。けどとりあえず、"Bohemian Rhapsody"と"We will rock you"の2曲だけ知ってれば、それでもう十分に楽しめるんじゃないかな。こんなもん、本気のクイーンファンが観たら鼻血出るんちゃうか。
どこからどこまでがフィクションなのかはよくわからない。けど、フレディ・マーキュリーがどうしようもなくイカれたクソ野郎で、そしてとてつもない天才なんだってのはわかった。フレディの若い頃のヴィジュアルって、なんかプリンスっぽく見えるけど。まあとにかく、ラストの20分、LIVE AIDのステージのシーンが圧巻ですわな。これってどこまでが本物?

YouTubeの動画を見たら、あれ、本物をそのまま持ってきたのか… と思ったけど、映画ではフレディがギター弾いたりしてないし、そもそも"We will rock you"はやってないし。ってことは、あれって全部コピー?!いや、すごいわ。恐れ入りました。やっぱりもう一度観に行かなあかんのかしら…

さかなへんに花、と書く

昨日の山登りで、脚が痛い。捻挫もしていることだし、今日は走るのはやめとこう。てことで西梅田の東急スポーツオアシスで泳いだ。何ヶ月ぶりたろう?ついでに昼メシは近くの天下一品だ。いったい何年ぶりだ?

それにしても天下一品のラーメンってのは何であんなにスープがぬるいんだろうなあ。

残念ながら今週は休肝日なしだ。Seven days a weekというやつだな。久しぶりに六甲道で飲んだのだが、某店で出てきたホッケの身が薄いのに驚愕した。

これ… ホッケか?と食べてみたら、一応はホッケの味がした。ちなみに二人前注文したのだが、もうひとつはまあ普通の感じ。
2軒目は刀屋にて。仙介と花巴で山廃祭り。


てなわけでJRの終電にて帰宅。いやあ危ないところだった。

ワイン、梅酒、そして日本酒。

台風21号により、登山ルートにあれこれ不具合が出ているてな話を聞いてしばらく自粛していた山登り、今回のターゲットは葛城山だ。
朝8:30に近鉄御所駅集合、それから8:40発のバスに乗ってロープウェイ乗り場へ。ここから登山開始だ。序盤でそんなに大したことないかな、と思った途端にけっこうえげつない階段状のルートが続き、かなり口数が少なくなる。最初はちょっと寒いな、と思っていたが汗がぼとぼと落ちる。山頂まで200m、と書かれたポイントで、近いけれどもキツいルートとぐねぐねで長いけれどもユルいルートに分かれており、迷わずユルいルートを選択。こっちは楽勝だ。ほどなくして山頂へ到達。所要時間2時間とされているルートだが、1時間半ほどで着いてしまった。当たり前だが上の方へ行くほど寒いので、あまりゆっくり休憩する気になれなかった、というのが大きいな。
遠くに大阪湾が見える。

そしてこちらは奈良。

11時にならないと開かない山頂付近の食堂に10時50分ぐらいに押し入り、早い昼食としてけつねうろんを食す。いやー沁みますなあ。
下りは、距離は短いがキツいルートを取った。登りでこっちを選ばなくて良かった、とつくづく思う。しかし脚に来るのは登りより下りだな。ちょっと膝が痛い。などと思っていたら階段で脚を踏み外して捻挫した。くっそー。
そんなこともありながら、無事にロープウェイ乗り場まで下山。さて、オリジナルの計画ではすべて電車ならびにバスでの移動だったのだが、参加者のM夫妻が寝坊したとのことで、車で来ていた。上手いことに総勢5名のパーティが全員乗れる。というわけでここからは車で、近くの「かもきみの湯」へ。露天風呂が充実しており、とろっとしたお湯でなかなか結構でございました。
実はここからが本命の、河内ワイン館。

車で移動だと、楽ですなあ。
ぶどう畑と蔵を見学させてもらい、これでもかというくらいに試飲もして。

そもそもなんでワイン造りが始まったのかというと、昭和9年室戸台風で食用のぶどうがほとんど落ちてしまい、売り物にならなくなった。捨ててしまうのも惜しいのでそれを絞ってワインにした、というのが最初なんだそうで。だからかれこれ80年以上もやっとるわけですな。その一方で、ワイナリーと言いつつ妙に梅酒が充実していたりする。これにもまた訳があって、ワインを作り始めたのは良いけど、そもそも当時ワインを飲む人なんてほとんどいないわけで、ワイン事業はそうとう厳しかったらしい。で、売れ残ったワインをどうするかというと、こいつをさらに蒸留し樽で熟成させてブランデーにする。けれども、そのままで売り物になるようなものではなく、これで梅酒(梅は和歌山の南高梅を使用)を作ったのだそうだ。ワインが売れない時にでも梅酒はよく売れ、河内ワインをずっと支えてくれた看板商品、ということであるらしい。こんな話を聞きつつあれこれ試飲もしたら、そりゃあれこれ買ってみたくなりますわな。で、長考の末にスパークリングワイン1本と梅酒1本。リュックに突っ込んで運べるのはこの辺が限界ですよ…
期待以上にワイナリーを満喫した後、車でびゃーっと大阪へ戻る。いやー車楽チンだわー。運転手なので河内ワイナリーで試飲できなかったM氏は気の毒で仕方ないけど。
そんな(どんな?)わけで大阪に戻って最後は、福島で打ち上げ(?)。炭と日本酒 仁、だって。

めっちゃええですな、この店。

まあとにかく、あれこれ飲んだわけですよ。
そんなこんなで帰宅したのはもう23時半を回るくらいだったか。いやあ、長い一日でござった。

矢のリユースも作り話ですってよ

三国志 第7巻』。周瑜が苦労して江陵を攻め落としている間に、劉備荊州を掠め取るの巻。いやーヒドいですなまったく。

そうこうしているうちにあっさり周瑜は病死してしまうわけよね。
ちなみに、「赤壁の戦い」で曹操軍が大量に射った矢が周瑜軍の船に突き刺さり、傾きかけたので船の方向を転換し、今度は反対側に同じぐらい大量の矢を受けてバランスを取った。実はこれは矢を大量に集めるために敵軍の矢を利用するという諸葛亮の奇策である。なんて話がまことしやかに語り継がれているが、これも作り話であるらしい。曹操孫権討伐に行った時に孫権が大きな船で曹操軍の目の前を通り過ぎて挑発した、てのは事実で、そこで大量の矢を受けた、てなことぐらいはまああったかもしれないが、それを再利用したというような史実は無いし、そもそも諸葛亮なんて関係無いし。てなことらしい。
ところで魏では、荀彧が自殺してしまう。荀彧については、自殺したという説と、病死したという説があるが、ここでは自殺説を取るようだ。
WOWOWのドラマでも、荀彧は曹操が魏王になることに対して遺憾の意を表明した後、曹操から贈られた食べ物の器の中身が空であることを知って呵々大笑し、そして曹公の考えがこれでよくわかった、と言って服毒自殺する。あの時テレビを観ながら、いやいや何がわかったんだ文若、ちーともわからんぞ、と思った。この本でもやはり、贈られた食べ物の器を開けてみたところ中身が空っぽだったので

その瞬間、すべてをさとった荀彧は毒薬を飲んで死んだ。(p.305)

とある。もうちょっとその辺ちゃんと説明してくれよ、と思うと、

これが荀彧の死の実相であるとしておいたほうがよいであろう。付会の説話は、かえって事実をゆがめてしまう。(p.305)

などと書かれている。
えええ、と思ったがあらためてよく読み直してみる。
荀彧は、曹操が魏王になることに反対していた。それを知った曹操は「荀彧よ、どうしたのか」といぶかったそうだ。実質上すでに終わっている漢王朝がいまだに続いているように見せかけるというのが意味わからん、と。で、孫権討伐の行軍中に、荀彧を呼び寄せた。ただしこれは、上表を行なって、荀彧を派遣するよう請うた、という形にしている。つまり荀彧が天子の使者である、というかたちにしたわけだ。ここがポイントなのだろうな。それまでそんなややこしい事をしたことがなかったので「はて、曹公は何をお考えになっているのか」といぶかる荀彧に贈られたのが、中身が空の食べ物。つまり、天子の使者という立場の荀彧に対して、今の漢王朝なんてのはもう、この食べ物のように形だけは残ってるが中身は空っぽじゃないか、と突き付けた、ということじゃなかろか。いやまあ、知らんけど。そういうあたりまで説明してくれるほどこの著者は親切ではない。これから先が思いやられますなあ。