野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

俺様へのお年玉

少し前にタワレコの店頭で、カザルスの"Complete Published EMI Recordings 1926-1955"なんてのを見つけて、うーんどうしようかな、と迷っていた。カザルス初期の演奏を集めた9枚組だ。これで二千円台はお買得だが、そのうち2枚、バッハの無伴奏チェロ組曲はすでに持ってるのとダブるし。

Complete Published EMI Recordings 1926-1955

Complete Published EMI Recordings 1926-1955


と言いながら正月に気が緩んで、Amazonで注文した。その時点で2,675円、「10-14日後に発送」となっていた。まあ忘れた頃に来るのだな、と気長に待つことにして数日後もう一度同じ商品を見たら、2,500円で「在庫あり」になっている。しかも、Amazonとは違う業者が仕入れるものらしく、通常の「輸入盤の価格保証」の対象外らしい。こりゃえらいこっちゃ、というので先の注文をいったんキャンセルし、新たに注文し直した。で、数日後に届いたCD9枚組をせっせとキャプチャし、通勤時のBGMとしてiPhoneで聴いておるわけですな。
このセットの売りは、やはりバッハの無伴奏チェロ組曲と、ベートーヴェンの「大公」などコルトー、ティボーとのトリオだろう。前述のように無伴奏チェロ組曲についてはすでに持っているのでそれはまあよいとして、ベートーヴェンだ。村上春樹の「海辺のカフカ」でクラシックファン以外にも一気に注目を集めた作品であるが、このわたくしも、「カフカ」で初めて知ったくちなので、世間よりだいぶ遅れて(文庫が出るのを待ってから読んだので)「大公」を聴いたわけだ。「海辺のカフカ」で星野青年がふと立ち寄った喫茶店で聴いたのは、ルービンシュタイン、ハイフェッツ、フォアイアマンのトリオによる演奏だ。

「音楽はお耳ざわりではありませんか?」
「音楽?」と星野さんは言った。「ああ、とてもいい音楽だ。耳ざわりなんかじゃないよ、ぜんぜん。誰が演奏しているの?」
「ルービンシュタイン=ハイフェッツ=フォイアマンのトリオです。当時は『百万ドル・トリオ』と呼ばれました。まさに名人芸です。1941年という古い録音ですが、輝きが褪せません」
「そういう感じはするよ。良いものは古びない」
「中にはもう少し構築的で古典的で剛直な『大公トリオ』を好む方もおられます。たとえばオイストラフ・トリオとか」
「いや、俺はこれでいいと思う」と青年は言った。「なんというかーー優しい感じがする」
「ありがとうございます」と店主は「百万ドル・トリオ」に成り代わって丁寧に礼を言った。
(「海辺のカフカ(下)」pp. 210-211)

これを読んだら、普通は「大公トリオ」を聴いてみたくなるだろう。まさに村上マジック。というわけでこの「百万ドル・トリオ」を聴いてみて、でも実際のところ「ふーん」だったのがもう6年以上も前の話だ。
http://d.hatena.ne.jp/neubauten/20050926
そして今回、やっとのことでこのカザルス・トリオでの演奏を聴いたわけだが、いやー良いじゃないですか。あたしはこっちの方が好きだよ。「百万ドル・トリオ」は優雅な感じで、こっちはちょっとばかし渋め、かな。知らんけど。
もともとベートーヴェンの曲って独特のもっさい感じ(それこそを「構築的で剛直」と言うのかもしれないが)があって、その辺りがどうももひとつしっくりこなかったのだけど、こういう演奏を聴くと、なんかそういうのも結構いいんじゃないか、という気がしてくるから不思議だ。
ベートーヴェン以外にはシューマンメンデルスゾーンハイドン、その他多数。ドヴォルザークのチェロ協奏曲が存外良かった。そして、9枚めに収録されている小品集。これもまた素朴な味わいの中に妙な迫力があって良い。
そんなこんなで、色々と楽しめるCDセットでございました。はっきり言って録音状態はあまり良くないが、そんなのはあんまり気にならない。これぞ二十世紀の人類の至宝。これが2,500円ポッキリはお買得以外の何物でもない。
ちなみに先ほどもう一度Amazonで見たら、なんと4,800円になっていた。我ながらまことに良いタイミングで良い買い物をしたものである。こいつあ春から縁起がいいや。