野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

I'd just be the catcher in the rye and all.

サリンジャーといえば「ライ麦畑でつかまえて」だって事は君も知ってると思う。あれは確か大学生のころだったと思うけど、僕も一応サリンジャーは読んだんだ。だけどそれは「ナイン・ストーリーズ」で、「ライ麦」じゃなかった。新潮文庫で出てるサリンジャーはそれだけだったからさ。他の出版社から出てるやつを探してみてもよかったんだけど、どうしても「ライ麦」でなくちゃだめ、とかそういう感じじゃなかったんだ。
それから十何年かたって、村上春樹訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が出たんだよ。これにはまいったね。何って言ったって村上春樹なんだからね。だけど僕はその本は買わなかった。ハードカバーの本は、文庫になるまで買わないって決めてるんだ。文庫の方が値段が安いからっていうのがもちろん大きな理由なんだけど、それだけじゃなくてハードカバーは場所を取って困るんだよね、実際の話。うちには結構大きな本棚があるんだけど、僕が気がふれたみたいに買ってきては読み散らかした5万冊ぐらいの本は、とてもじゃないけどそのやくざな本棚には入りきらなくて、その横においてあるチェストの上に山積みになってるんだ。軽く100フィートぐらいにはなるんじゃないかな。その本の山のずっと下のほうなんかさ、薄くホコリなんかが積もったりしてるんだよ。そういうのを見てるとさ、何か気が滅入っちまうんだよな。

キャッチャー・イン・ザ・ライ

キャッチャー・イン・ザ・ライ


とにかく、村上版「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のハードカバーが出た時、僕は野崎孝訳の「ライ麦畑でつかまえて」を買って、初めて読んだ。白水社なんていう冴えない出版社から出てたもんだから今まで気づかなかったんだけど、「キャッチャー」が出たついでに抱き合わせ的に売っちまえ、みたいな書店の薄汚い魂胆のおかげさ。「永遠の青春小説」なんていうインチキくさいうたい文句の書かれた帯がついてるっていう代物だったけど、中身はそう悪くなかったね、ほんとの話。
野崎版を読んだら、やっぱり村上版も読んでみたくなった。特にそのときは「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」なんかも読んでたからね。そうやってかれこれもう30年ほども「キャッチャー」が文庫化されるのを待ってたんだ。
それぐらい文庫化されるのを楽しみにしてたんだけど、実際読んでみると結構つらかったね。あらためて読んでみると、主人公のホールデンっていうのは、はっきり言って掛け値無しの腰抜け野郎なんだよな。こういうやつがくどくどと語ってるのを読むと、どうしようもなくうらぶれた気分になっちゃうんだよ。もちろん村上春樹の翻訳はちょっとしたもんだ。それは認めなくちゃならない。
僕が一番参っちまったのは、「訳者による解説」が入ってないって事なんだ。もともとはちゃんと巻末に加えられる予定だったらしいんだよ。それが「原著者の要請により、また契約の条項に基づき、それが不可能になりました」とかいてある。やれやれ、何だってそんなろくでもない契約なんてものがあるんだろう。それに「原著者の要請」なんて、どうしてそんないかさま野郎に「要請」されなくちゃならないんだ、まったく。


本文中に不穏当な表現が散見されることをお詫びいたします。だけどやっぱり訳者による解説は読みたかったなぁ。