野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

ヤバい絶対計算

「その数学が戦略を決める」なんて、もうタイトルだけで「おおっ!?」と思ってしまう。で単行本のころから目を付けていたのだが数年前に文庫になっていたようだ。これまた昨今はやりのビッグデータ絡みの話だ。実際には2007年だから、世間でクラウドコンピューティングとかなんとか言い始めたころに刊行された本ということになるのだけど。

その数学が戦略を決める (文春文庫)

その数学が戦略を決める (文春文庫)


将来のワインの味を、データと方程式で予測する、という話からこの本は始まる。読みながら、ああこれは計量経済学だ、あの「ヤバい経済学」みたいな話ね、と思ったとたんに「ヤバい経済学」の話も出てきた。実はこの著者と「ヤバい」の著者スティーヴン・レヴィットとの共同研究もあるらしい。
ある特定の現象(興味の対象)に対して、大量のデータ解析によってその予測や判断を行う。この手法を本書では「絶対計算」と呼んでいる。その適用範囲はきわめて広範囲で、本書ではワインの価格の予測から始まって、プロ野球のスカウト、自動車の盗難防止装置の効果の評価、お見合いサイトで紹介する相手の選択、航空券の価格予測、などなど次から次へと事例が紹介される。実を言うとわたくしを「おおっ!?」と思わせたこのタイトルも、いくつか用意された候補の中から、ウェブサイトでの無作為抽出テストの結果によって決められたのだそうだ。
「ヤバい経済学」では、世間一般で信じられていることが意外と間違っている、という「不都合な真実」の紹介が主だったが、こちらではもっと、本当に役に立ちそうな(というか実際にある企業では活用されている)例が出てくる。この「絶対計算」で興味深いのは、この手法に対しては、ほぼ必ず、それに抵抗する人々が存在するということだ。つまり、従来はその道のエキスパートの直感や長年の経験に基づいた予測に頼っていたものを、大量データの回帰計算で得られた方程式に変数を入れて求めよう、ということなのだから、当然「そんな怪しげなものがあてになるわけがない!」という人々がいるわけだ。しかしながら、ほとんどすべての場合で、専門家の予測よりも絶対計算の方が、より正しい結果が得られる、らしい。この専門家たちを、頑迷な連中であると笑うことはたやすい。がしかし自分も当事者になれば、やはり抵抗するだろうな、とも思う。こういう新しい手法によって、仕事を奪われたり既得権益を失ったりする、ということももちろん理由としてはあるのだろうけど、それ以前にやはり、完全に客観的なデータと機械だけではじき出された数値にもとづいて物事が判断され、そこに人間の意志なり判断なりが介入する余地が無いということに対する根源的な恐怖というのがあるのだろう。実際、本当に正しく作られたモデルで適切に集められたデータの処理によって得られる結果なら良いけど、そもそもその無謬性をどうやって担保するのか?という問題は依然として残る。どのようなモデルを設定し、何を変数として選択するのか、ということはやはり人間が決めているのだから。そういった問題についても、本書ではちゃんと触れられている。そのへんはフェアだなと思う。
総じて言えば、データマイニング技術は色んな可能性を秘めていて、世の中を良くするのに大いに役立つだろう。でもそれはどこかで間違うと、ビッグブラザーが支配する管理社会にもなりかねない。本書の第7章のタイトルでもある「それってこわくない?」という批判的な態度は常に忘れないようにせねばならんのでしょうな。