待ちに待った『一人称単数』がついに文庫化された。
ってのは嘘だな。特に待ってなかった。というか単行本が出たのをすっかり忘れていた。
まあ相変わらずオチがあるんだかないんだかフィクションなんだかエッセイなんだかよくわからない、不思議な話ばかり。
でも面白い。一番好きなのは「品川猿の告白」かな。猿が言葉を喋るなんてのは、あまりにイカれた設定だけども、鄙びた温泉宿で、柿ピーをつまみに大瓶のサッポロビールを飲みながら、老いた猿と話をするって、何だか素敵じゃないか。
「ヤクルト・スワローズ詩集」も良いな。スワローズファンで知られている村上さんだが、ヤクルト・スワローズにまつわる、実にどうでも良い話ばかりが縷々述べられている。特に良いのは、スワローズ(当時はサンケイ・アトムズだったらしい)のファンになった経緯の部分だ。東京で大学に通い始めたころ、家からもっとも近い球場をホームとするチームを応援すると決め、それが神宮球場だったそうだ。
実を言うと「純粋に距離的なことをいえば、本当は神宮球場よりも後楽園球場の方が少しばかり近かった」らしいのだが、
でも、まさかね。人には守るべきモラルというものがある。
だそうで。わたくし村上さんのこういうところが好きなのです。
あとは「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」がすごい。このタイトルの、実在しないアルバムについての紹介記事を過去に書いた、という話だ。その紹介記事が作品中に引用されているのだが、これってまさに今話題のChatGPTにディスクレビューを生成させるようなもんじゃないか。ものすごくもっともらしいことが書かれているけど、そんなアルバムは実在しない。これ、リリース時期やパーソネルなど「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」というアルバムについての情報とおおまかな内容をインプットした上で、村上春樹が書いた、という設定で紹介記事を書かせたら、あんな感じになるのだろうか?
いやー、今あらためて少し読んでみたけど、あれはちょっと無理じゃないかな…
うむ、一回試してみないとね。