野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

マエストロと語る

世の中にはいろいろと面白そうな本が出ているのだが、基本的に小説などについては、たいてい文庫になるので、単行本が出てもすぐには買わず、文庫化されるのを待ってから買う。小説以外でも、これは多分そのうち文庫化されるだろうな、と思われるものはできるだけ待つようにしている。でもたまに、これはいま読みたい、と思うような本もある。「小澤征爾さんと、音楽について話をする」。これは、おそらく数年後には文庫化されるだろうけど、とにかく今すぐ読みたい、と思った。何でかしらないけど。

小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾さんと、音楽について話をする


村上春樹という人は、大変に音楽好きで知られており、彼の小説やエッセイでは実に様々な種類の音楽が登場する。それらの音楽はとても魅力的で、つい影響されてしまってその曲が収録されたCDを買い求めてしまう、というようなことがわたくしの場合しばしば起こるのだが、きっとそれはわたくしだけに限った話ではないだろう。
さてその村上さんが、小澤征爾さんと音楽について話をするのだ。世界のオザワと。そりゃもうディープですよ。
対談の第一回は、「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番をめぐって」というお題で、いろんな演奏者によるベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番を聴き比べるわけだが、二人の会話の間、言ってみればト書きに相当する部分がまずすごい。「オーケストラの序奏。石の壁に粘土を思い切り投げつけるような、ある種の率直さがある」(p.39)とか「やがてオーケストラが足音を忍ばせるように、そっと入ってくる。」(p.86)とか「空間に墨絵を描くような、どこまでも美しいピアノの独奏。端正で、かつ勇気にあふれた音の連なり。ひとつひとつの音が思考している」(p.87)とか。
そして小澤さんの発言「ここね。カラヤン先生なら、『たん、たーん、たーーーん』とやるわけです。ディレクションをつけて。でもこのオーケストラはただ『たん、たん、たん』とやってます。大違いだ。これはこれでまた面白いんだけどね」(p.72)とか、もういったい何言ってんだか(いやまぁわかりますけどね)という感じで、うーむさすがは世界のオザワだ。第四回の「グスタフ・マーラーの音楽をめぐって」あたりにくると、さらいディープさに拍車がかかる。マーラーの曲をほとんど聴いたことがないのが残念で仕方ない。マーラーをよく知っていれば、もっと面白く読めたはずだ。
とにかく、世の中には音楽をこんな風に聴く人がいるということ、そしてマエストロというのはこんな考え方や態度で音楽に向き合うものなのだ、ということを知って、少しばかり衝撃を覚えた。まさに迫真のロング・インタビューですな。
ところで、グレン・グールド

小澤「こんな風になって弾いているんですよね、椅子が低くて(椅子に深く沈み込むかっこうをする)。どういうのかね、あれは。よくわかんないけど」
村上「当時からグールドは人気があったんですか?」
小澤「うーん、あったですよね。僕なんかも初めて彼に会ったときはすごく嬉しかったものね。でも会っても握手しないんだ。いつも手袋をはめている」
村上「変人ですよね、かなり」
小澤「僕もトロントで彼のことを少し知っているから、そりゃおかしな話がいっぱいありますよ。彼のうちにも遊びに行ったし……」
[村上註・残念ながら活字にはできないエピソードがいくつか披露された]
(p.44)

おいどんなんだ活字にできないエピソードって。
やっぱりグールドは変態だな。