野生のペタシ (Le pédant sauvage)

Formerly known as 「崩壊する新建築」@はてなダイアリー

恐るべき子供

うちには、三島由紀夫の「ラディゲの死」が二冊ある。ずいぶん昔(たぶん大学生の時ぐらい)に読んだのをきれいさっぱり忘れて、また買ってしまったのだな。
というのもすでに20年以上も前の話なのだけど。その後また読み直しているから、実は「ラディゲの死」は3回も読んでいるということだ。特に三島由紀夫が好き、というわけでもないのに。でもあの中では「花山院」はけっこう好きかな。
いや、本題はそこではないのだ。何度読んでも内容を忘れてしまう「ラディゲの死」の主人公(なのかな?ひょっとして主人公はコクトーだった?)、レイモン・ラディゲの小説(2作しかないけど)はまったく読んだことがない。どうやら光文社古典新訳文庫でも出ているようだし、ここはひとつ「肉体の悪魔」など行ってみるか、と思ったわけだ。

肉体の悪魔 (光文社古典新訳文庫)

肉体の悪魔 (光文社古典新訳文庫)

筋書きについては、以下のような身もフタもない解説がついている。

物語の筋書きだけを取り出せば、凡庸きわまりないものです。早熟な少年が、人妻に恋をし、その夫が戦争に行っているのをいいことに肉体関係を続け、彼女の生活をめちゃめちゃにしてしまう、というものです。

いや、それってあまり凡庸とは思えないんですけど…
読んでみると、 主人公の「僕」ってのがもう、16歳にもなって中二病全開なんですね。加えてサイコパスの鬼畜なので、読んでてつらいのなんのって(実際にはサイコパスではないんだけど、やってることはずいぶんとサイコパシックだぜ)。分かりきっている破滅にまっしぐら。何でそうなるのよ、っていうのはひょっとして分別のつきすぎたおっさんの感想かもしれませんけど。こういうのって、若い時に読まないといけないのかも。例えば「ライ麦畑でつかまえて」を読んだ時の感じに近いような気がする。あれって大人になってから読むとひたすらウザいのよね。でも身の回りの世界との折り合いをつけかねて持て余してるティーンエイジャーが読むと、強烈なシンパシーを感じるんだろうなと思うのだ。自分がそれくらいの歳のころを振り返って考えると、こういう風に読んだかもなぁ、と想像できるから余計に、いまウザく感じるのかも。たぶんダザイはんなんかもそうだろな。ほとんど読んだことないけど。
後悔先に立たず。世の中には、とりあえず若いうちに一度は読んどけ、という種類の本がいくつかあるのだなぁと思ったことでした。